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会長挨拶
伊勢三河湾水先区水先人会のホームページにアクセスいただき有難うございます。
当会のホームページは、訪問者の皆様に水先業務に関心を持っていただく一助となること、また水先関係の皆様には親しみを持って有効利用していただける内容にすることを念頭にしております。水先人会の関係者に留まらず、海が、港が、船が、好きという皆様に興味深く頁を繰っていただける内容になっておりますので、是非お楽しみください。
さて、日本は海洋立国と呼ばれはするものの、海や船に対する関心が意外と薄いのが日本です。私たち水先人は、外国からの入港船を迎える最初の日本人であって、「ようこそ日本へ」と挨拶を交わし、そして外国への出港船を送り出す最後の日本人です。この様な仕事柄、水先人は無冠の外交官とも呼ばれてきましたが、水際で働く関係者以外、一般社会における知名度は低いと思います。顧客の方々には業務でこのホームページを十分活用していただけるよう、また海洋を愛する方々には海洋国日本を知っていただく窓口であり続ける内容となるよう、今後も努めてまいります。
このホームページに多数のアクセスをいただき、伊勢三河湾水先区水先人会の魅力を知っていただければ幸いです。
“LOVE, TRUST, RESPECT, and KINDNESS FOR ALL OVER THE WORLD”
2023年5月30日 伊勢三河湾水先区水先人会 会長 髙尾 幸徳
伊勢三河湾水先区水先人会のご案内
日本全国には水先法により34の「水先区」が設定され、各水先区にはひとつの「水先人会」の設立が義務付けられています。水先人は会社などに所属する会社員ではなく個人事業主ですが、水先人免許(国家資格)に応じた水先区の水先人会に所属しなければなりません。
水先人会は、水先業務の引受け、水先料金の請求、必要書類の作成や、水先人の養成、指導、連絡及び監督に関する事務をおこなう法人組織であり、これらさまざまな事務を行うために事務局職員を配し対応しています。(組織図はこちら)
伊勢三河湾水先区水先人会は、2007年4月に改正された水先法に基づき、伊勢湾及び伊良湖三河湾の両水先区が統合し設立されました。
設立時には、愛知県半田市に合同事務所*と名古屋市、四日市市に夫々事務所を設置していましたが、2021年12月1日に合同事務所を名古屋市港区の名港ビルディング17階に移転、各事務所の機能を一元化しました。
当会は2023年6月1日現在112名の水先人が所属し、365日24時間体制で年間約1万3千6百隻(2022年度実績)の水先業務をおこなっており、安全かつ効率的な海上輸送の一端を担い地域経済に貢献し、海洋環境の保全に努めています。
合同事務所*:水先の引受けに関する事務を統合して行うための事務所
所在地/アクセスマップ
■ 所在地
〒455-0032
愛知県名古屋市港区入船二丁目4番6号
名港ビルディング17階
TEL 052-304-8311(代表)
FAX 052-304-8312(代表)
■ アクセス
名古屋市営地下鉄「名古屋港駅」より徒歩5分
基本理念
伊勢三河湾水先区水先人会は、次の基本理念のもと、公正かつ透明な会の運営を行います。
- 水先業務の適正かつ円滑な遂行を通じ、地域の発展と人々の暮らしの向上に貢献します。
- 社会と共生し、社会から信頼される水先人会であり続けます。
- 人を育て、人を活かし、活力溢れる水先人会を目指します。
水先業務方針(品質方針)
伊勢三河湾水先区水先人会は、以下の項目を水先業務方針(品質方針)と定めます。
- 法令を遵守し、水先区に係る海域の船舶交通の安全を図り、併せて船舶の運航能率の増進に寄与すること
- 海洋環境の保全に努めること
- 常に、会員の品位の保持と技術の研鑽に励み、その高い水準を維持すること
- 公共性の高い業務であることを常に認識し、顧客その他関係者の信頼と満足を高めること
組織図
沿革
水先人の歴史は古く、紀元前約2000年古代メソポタミアの都市国家のひとつシュメールの都ウルに水先人が存在したといわれています。
日本の最初の水先人は、紀元前約660年神武天皇の「東征伝説」の中で海路の達人といわれた「渦彦」に水先案内をさせたと記されています。
各時代、各地域の事情に精通した水先人が存在し、古より水先人は海上における航海技術者の長として、または港内操船のスペシャリストとして、常に海上交通の安全確保の要請に応えてきました。現在の水先人もこの流れを連綿と受け継ぎ、地域の発展に貢献しています。
当会の歴史は、明治時代に外航海運の急速な発展にともない導入された水先制度から始まりましたので、ここに紹介します。
明治9年 |
「西洋型船水先免状規則」制定。 |
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明治32年 |
旧「水先法及び同施行規則」制定。 |
明治40年 |
愛知県から名古屋港内における航路案内者として「杉江伝之助」氏に許可が発行される。名古屋港における最初の水先人。 |
大正11年 |
「名古屋港水先人組合」設立。(設立時3名) |
昭和5年 |
名古屋港、四日市港を甲種水先区として新設。 |
昭和6年 |
「名古屋港水先区水先人組合」設立。 |
昭和18年 |
名古屋港及び四日市港水先区を統合し「名古屋四日市水先区」となる。 |
昭和24年 |
新「水先法及び同施行規則」が施行され全国21水先区となった。 |
昭和27年 |
「名古屋四日市水先区水先人企業組合」設立。 |
昭和33年 |
名古屋四日市水先区水先人企業組合の「名古屋事務所」竣工。 |
昭和40年 |
「三河湾水先人組合」設立。 |
昭和46年 |
「衣浦水先区水先人会」設立。 |
昭和48年 |
「海上交通安全法」が施行され「伊良湖水道航路」が制定。 |
昭和52年 |
三河湾水先人組合と衣浦水先人組合が統合し「伊良湖三河湾水先区水先人会」発足。(統合時水先人32名) |
昭和53年 |
伊良湖三河湾水先区水先人会の「半田事務所」竣工 |
昭和58年 |
水先法施行規則が改正され、伊良湖三河湾および伊勢湾両水先区が「強制水先区」に指定される。 |
平成元年 |
伊勢湾水先区水先人会の新「名古屋事務所」竣工。 |
平成19年 |
水先法及び同施行規則が改正され、伊良湖三河湾と伊勢湾の両水先区水先人会が統合し「伊勢三河湾水先区水先人会」発足。 |
平成24年 |
四日市事務所を「四日市出張所」に名称変更。 |
令和3年 |
合同事務所を名古屋港名港ビルディング17階に移転し、事務所機能を一元化。(入船二丁目4番6号) |
令和4年 |
四日市出張所 閉鎖 |
水先人について
当会のロゴマーク
赤はハーバー(離着桟)業務、青はベイ(航行)業務をイメージし、ふたつの業務の調和と安定を表現しました。
また、赤と中央の白い部分は、水先人を示すH旗を、青のシェイプは伊勢湾・三河湾そして知多湾を表現しています。
PILOTの字体に若さと躍動感を、そして全体として柔らかい楕円形のデザインに安心と安全の希望を込めました。